「列に並ぶ」に対する日中韓の違い1


2020年(令和2年)01月20日 月曜日

「列に並ぶ」に対する日中韓の違い1

初めて日本旅行に来た外国人は、日本のきれいさと礼儀正しさに驚く人が多いが、中国人旅行者は日本人がよく列に並ぶことにも驚くようだ。中国メディアの今日頭条は、中国人旅行者による手記を掲載し、「日本人は1人でも並ぶ」とする記事を掲載した。

 記事はまず、「日本人は列に並ぶことを熱愛している」と紹介。駅でもエレベーターでもレストランでもどこでも列を見かけるため、そう感じたようだ。最近では中国でも都会を中心に列に並ぶ習慣ができてきているといわれるが、隙があれば横入りする人も後を絶たない。

 ではなぜ、日本人は「列に並ぶのが大好き」なのだろうか。観察の結果、「そういう社会になっている」と分析した。電車のホームには線が引いてあり、レストランで待つ場合は入り口で名前を書けば、順番になると呼んでもらえるシステムになっている。また、列が長くなり店の外にまで伸びると、従業員が列を誘導し最後尾には看板を掲げることもあると紹介。日本ではいかに列が生活の一部になっているかを伝えた。

 また、日本では「一人ひとりがルールを守る自覚を持っている」とも分析。ルールを重視する日本人は、無理強いされなくても各自が進んで列に並ぼうという意識があるようだ。中国との違いについて、「中国では並ばせるのに鉄の柵が必要だが、日本ではロープ1本、あるいは地面に線1本を引くだけできれいに並ぶ」と感心している。実際、中国では強制的に並ばせるようなシステムが多い。

 日本旅行中、あちこちで列を見て驚いたり感心したりしたそうだが、帰国の間際に思いがけず「横入り」してしまったという。バスの停留所で1人しか待っていなかったため、無意識にその人の前に立ったところ、注意されて驚いたとしている。2人しかいなくても順番を守るのが日本人と言えるだろうが、筆者は度が過ぎていると感じたようだ。

 この記事に対して寄せられたコメントを見ると、ほとんどが日本の習慣を称賛し中国の民度にがっかりするという内容だった。ある中国人ユーザーは、日本旅行で2回並び2回とも中国人に割り込まれたという経験を紹介している。日本のような列に並ぶという習慣は中国人にとってはなかなか難しいことのようだ。

日本では移動や食事、公共施設での手続きなど、日常生活のさまざまな場面で列に並ぶ機会があるが、誰かが割り込んできたり、列の順番をめぐってトラブルになることはほとんどない。

 中国でも都市部では列に並ぶ人を見かける機会が増えているが、それでも割り込みなどはまだ日常茶飯事のことだ。列に並ぶという行為からは国民性が見て取れると言えるだろう。中国メディアの新民網はこのほど、日本人と韓国人の「列に並ぶ」という行為を比較する記事を掲載し、同じ行為であっても日韓ではさまざまな違いがあると伝えた。

 記事は、韓国在住とみられる記者の見解として「韓国では美食を紹介するテレビ番組が数多く存在する」ものの、放送後には紹介された飲食店に多くの客が殺到するのがお決まりだと紹介。そして、殺到した客は列に並んで順番を待つことになるが、列に並ぶ客たちのマナーが問題になることがあると伝え、大声で騒いだり、歩道を占拠してしまったりと、迷惑行為が多々見られるのが現状だと伝えた。

 さらに、こうした迷惑行為は人気ファッションブランドの限定品の発売日にも見られるとし、徹夜で列に並ぶ人たちが歩道にテントを立てたり、暖炉を設置したりと、「身勝手な行動」も少なからず見られると指摘した。

 一方で記事は、日本でも列に並ぶという行為は日常的なものだとしながらも、韓国のような迷惑行為はあまり見られないと指摘。飲食店に並ぶ場合は、日本人は壁側に寄って列を作るなど、道を占領するような並び方はしないと紹介し、これは「日本人が他人に迷惑をかけない教育を幼少の頃から受けてきたためだろう」と論じた。さらに、日本人は列に並んでいる時も非常に静かで、常に秩序があると伝えつつ、その様が「まるで訓練された軍人たちのようだ」と形容されるのも納得であると伝えている。

列に並ばないのは、競争という文化に根差した行為で、それになじんでいるからです。先に行く、上へ行くための、生き残りをかけた文化なのです。いい、悪いではなく、「文化が違う」という前提を踏まえて付き合うのがとても大事だと思います。イメージだけで判断するのはとても残念ですし、双方のためにならないのではないでしょうか。

完璧さ、徹底的な行動を求めるような仕事、枠組みに沿ってコツコツ蓄積していくようなやり方には不向きというデメリットがある。ネガティブな意味で「大陸的」が使われるのはこういう場合だ。

 一言でまとめれば、常に規範を重視し「こうあるべき」を目指す理念追求型の日本人、現状に即した臨機応変な合理性を重視する現実主義の中国人――と言えるかと思う。

中国のレストランで食事をしていると、注文した料理が皿の上に残っているのに、皿を下げられてしまうことがよくある。例えば、中華料理屋で「むきエビのチリソース炒め」を注文したとする。食事も進み、話しがはずむ中、皿の上にはエビが2つ残っている。そこに服務員がやってきて、淡々と皿を持ち去ってしまう。愛想は悪くないが、「下げていいですか?」といった類のコメントは多くの場合、ない。

 また、例えば夏の暑い日、路傍のカフェでアイスコーヒーを飲んで一休みし、さて、そろそろ時間だし、最後の一口をグッと飲み干して仕事に戻ろうか――と思った瞬間、氷が溶けて薄くなったコーヒーが2㎝ほど残ったグラスを持ち去られてしまい、気勢を削がれる、といったパターンもある。

 この手のことは日本でも発生しないわけではないが、遭遇する頻度は中国のほうが圧倒的に高い。一定期間、中国で仕事や生活をしたことのある方は同意していただけるのではないかと思う。
 なぜ中国の服務員は、客が食べ終えていない料理を持ち去ってしまうのか。その心理を考えてみると、その根底にはやはり「スジか、量か」という判断基準が存在している。

 まず日本人の「スジ論」で、この問題の構図を考えてみよう。
ケチだから怒るわけじゃない
 エビチリが2つ残った皿を下げられてしまう事態が発生した時、日本人客は程度の差はあれ、しっくり来ない感じを持つ。口に出して言わないまでも、内心は不満である。では、なぜ日本人客は不満を感じるのだろうか?
 自分が食べたかったエビが食べられなくなったからだろうか?
 残ったエビを食べないと2時間後にお腹が減ってしまうからだろうか?
 そうではない。
 食事が終盤に差しかかって、その段階でエビが2つ残っている状況は、客のお腹はほぼ満ち足りており、積極的に料理に手を出さなかったことを示唆している。食べたかったのであればさっさと食べればよいわけで、皿が持ち去られたことでエビがテーブルからなくなった(「量」がゼロになった)ことが不満なのではない。
 では何に不満なのか。
 それは、わかりやすく言えばこういうことである。
 「このエビはオレたちがカネを出して買ったものだ。エビの所有権は我々にある。それを断りもなく処分するとは何事だ。許せん」
 まあ、これはいささか極端な説明であるとしても、日本人の気分はまず間違いなくそういうところにある。これが「スジ」だからである。

 一方、中国の人々はと言えば、仮に同様の状況が発生したとしても、ほとんどの人は何とも思わない。カラになった皿を下げるのと同じで、何か特別の反応をすることはない。もし、たまたまエビをまだ食べたいと思っている人がいれば、「食べるから置いといて」と言うだろうし、そうでなければ何も言わない。

 中国の人たちはこの「残存エビチリ問題」を「量=現実的影響」の角度からとらえている。極端に収入が少ない人が、清水の舞台から飛び下りるつもりでこの料理を注文したといった特殊なケースを除けば、この2つのエビが自分たちに与える現実的影響はゼロに等しい。食べても食べなくても日常生活に何の支障もない、どうでもいい話である。持ち去られた2つのエビを巡って日本人が内心の葛藤を繰り広げているなどとは想像もつかない。
 皿を下げようとする服務員の側も、「食事も終盤、誰も食べずに残っているエビを下げても深刻な問題は発生しないに違いない。空いた皿はなるべく早く下げろと店長に言われているし、ここは皿を下げるのが合理的判断だ」と考えて皿を持っていく。
 要はお客も服務員も、考えているのは「問題の大きさ」であって、現実に影響がないことには関心を持たない。考えても意味がないからだ。「エビの所有権」などというスジ論は考える習慣を持っていないのである。

注意されたら「割り込み直す」

 「現実的判断」の観点から見ると、「割り込み」という行為に対する中国の人々の対応も興味深いものがある。
 中国社会でも、人が並んでいるのに横から割り込むのは当然、良くないことである。近年、都市部では行列に関するマナーは飛躍的に向上し、地下鉄の駅などでは整列乗車が普及し、降りる人が先、乗る人は後、といった作法が相当の程度、実行されるようになった。

 とはいえ各所で列に割り込む人はまだ少なからずいる。面白い現象だと思うのは、列に割り込む人が一定数存在する一方で、いわば被害者であるはずの「割り込まれる側」の人たちが、割り込みという行為に対して寛容であることだ。例えば車に乗っている時、渋滞の列に横から割り込まれてもほとんどの場合、淡々としている。怒りだす人はほとんどいない。

 この中国での「割り込む側」および「割り込まれる側」、双方の対応には、中国社会の「量」を基準にした現実的な考え方が色濃く反映している。
 先日、中国滞在歴の長い友人が教えてくれた話だが、ある時、彼が並んでいた列に1人の中国人が割り込んだ。彼が見とがめて注意すると、その人物はいったん列を離れ、私の友人の後ろに再び割り込み直したという。
 この話は「量=現実的影響」を基準にした判断の典型例だ。

 割り込みを注意されたこの中国人氏は「自分1人の割り込みは他人にさほど大きな影響を与えないだろう」という自らの判断で割り込みを実行した。しかしそこに自分とは認識の違う人間(私の友人)がいて、抗議を受けた。

 そこでこの中国人氏は「自分はこの人物(私の友人)の利益を侵害したのだ」と判断し、いったん列を離れ、私の友人の利害と無関係な位置に割り込み直した。つまりこの中国人氏は最後まで「割り込み=注意した人の利益侵害」と認識していて、「割り込み=ルール違反」という認識ではなかったことを示している。
 そして「割り込まれる側」にも同様の状況が存在する。
 例えば、駅の切符売場に並んで待っている時、自分の前に誰かが割り込んだらどうするか。   
 その瞬間、中国人の頭に自動的に湧き上がってくるのは
 「この人物が割り込むことで、自分が切符を買う時間がどれだけ遅れるか」
 ということである。

 力点はここでも「自分への影響の大小」にある。「割り込みはよくない」という世界一律の規範にあるのではない。ここがポイントである。
 その結果、誰かが列に割り込んだ行為に対して、怒る人と怒らない人が出てくる。自分が急いでいて一刻も争う事情がある人は、その割り込みに対して、その瞬間に大いに怒る。しかし一方で、あまり急いでいない人、時間に余裕のある人は、「まあ1人や2人割り込んだところで、致命的な影響は生じない。(もちろん愉快ではないが)たいしたことではない」と考えて、黙認する。

日本人の「スジ論原理主義」

 このようなことであるから、「列に割り込まれても中国人は怒らない」と一律に考えてしまうのも、実は間違っている。中国の人たちは、仮に割り込む人が1人なら、ほとんどの人は何も言わない。

 しかし、仮に割り込む人が1人から2人、3人、4人と増えていき、いつまでたっても列が前に進まない――といった状況になれば、急いでいる事情のある人から順に怒り始める。次第に怒る人が増えて、最後には全員が怒る。日本人はスジ論の人たちなので、おそらく全員が同時に例外なく怒り始めるはずだ。が、中国人は個人個人の状況に応じて怒るか怒らないかが変わる。

 渋滞の列に割り込まれた場合も理屈は同じだ。日本人は不思議なことに車を運転すると人が変わり、割り込まれた途端、パッシングしながら追いかけたりする。スジの通らない行動をした相手に私的制裁を加えようとする、一種の「スジ論原理主義」がある。「え、あの普段は冷静な人が……」と思うようなケースもあって、非常にこわい。

 中国人はこういう行動はしない。それは常に「スジ」ではなく、「量=現実的な判断」に基づいて行動する習慣がついているからだ。ここで言う「量」とは「自分の前に車が1台割り込むことで、目的地への到着時間がどれだけ遅くなるか」である。

 そう言われて考えてみると、割り込んだ車が1台であれば、それによって発生する到着時間の遅延は現実には微々たるものである。だから中国の人たちは普通の状況であれば問題にしない。割り込みという行為に対して「おおらか」なのである。

行列について書いていて気がついたのだが、列に並んでいる時、「自分は急いでいないから、先にやっていいよ」という人が中国には時々いる。もちろん先方から声をかけてくれるケースはそう頻繁にはないが、こちらが困っていれば譲ってくれる人は多い。つい先頃、地方都市の高速鉄道駅で急遽、予約を変更して駅の窓口で紙のチケットを再発行する必要に迫られ、発車時間は迫るし、大汗をかいてペコペコしながら列に割り込ませてもらったことがある。十数人の人が並んでいたと思うが、表立って文句を言う人はいなかった。
 日本だったらこの列車に私は乗れなかっただろう。もちろん予定を変えた責任は私にあり、そのシワ寄せを他人に押しつける権利は私にはない。スジ論ではそうであることは自覚しているが、そういう「細かいこと」を中国人は言わない。「まあそんなこともあるよね」と淡々と現実を受け止めているだけである。
 こうした「ゆるさ」には良い面、悪い面があるだろうし、私は日本人の緻密で厳格な姿勢が大好きだが、一方でこれまでに幾度、この種の「大陸的」「おおらか」な人たちに助けられたか知れない。スジと量、あちらを立てればこちらが立たずで、世の中はなかなかに難しい。




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